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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)589号 判決

控訴人(原告)

川上肇

被控訴人(被告)

浅上航運倉庫株式会社

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し、金二七万五三四〇円及びこれに対する昭和五三年一二月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを一〇分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

この判決は控訴人勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

一  控訴人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金五六七万六三六〇円及びこれに対する昭和五三年一二月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、控訴人において甲第一七、一八号証(いずれも写)を提出し、当審における控訴人本人尋問の結果を援用し、被控訴人において甲第一七、一八号証の各原本の存在とその成立を認めると述べたほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  昭和四九年六月五日午後三時ころ千葉県市原市五井海岸一〇旭硝子株式会社千葉工場構内において控訴人運転の被害車が停車中に松島鷹男運転の加害車が被害車の存在を確認しないままその後方から後退してきて被害車後部に追突した事実は、当事者間に争いがない。

二  まず、本件交通事故による控訴人の負傷の内容について検討する。

いずれも成立に争いのない甲第一五号証及び乙第一、二号証、原審における控訴人本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第七号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第三号証並びに原審及び当審における控訴人本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)に弁論の全趣旨を総合すれば、昭和四九年六月五日の本件交通事故直後は控訴人には何の症状もなかつたが、約一時間後から軽度の吐気と顔面の腫張感があるようになつたこと、翌六日からも控訴人は通常のとおり出勤していたが、六日には眩暈と項部痛が、七日には左上肢の痺れ感が、八日には左肩の筋痛があつて、一〇日には勤務できないと思われたので、中島病院で診察を受け、一二日以後は出勤していないこと、中島病院の初診時の症状は眩暈、項部・左肩・腰部の疼痛と左上肢の痺れ感の訴えがあり、対光反応がやや鈍く、腱反射が減弱し、項筋と左肩・背部・左腰の各筋の硬縮と圧痛があり、以後の通院加療(実通院日数三二日)により漸次軽快し、七月一五日には頸椎部に殆ど訴えがなく、左腰部に軽度の腫張と圧痛を残すだけとなり、同月一六日の通院を最後に通院しなくなつたので、中島病院では軽快中止と判定したこと、更に、控訴人は同月二五日被控訴会社の職員に付添われて北里病院で診察を受けたが、同病院では異常なしと診断したことが認められ、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲各証拠及び弁論の全趣旨に照らして、措信することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。なお、控訴人の供述中には、中島病院への通院を止めた七月一六日頃の症状として、眼精疲労と平衡感覚の異常による歩行障害を挙げている部分があるが、前顕甲第一五号証及び乙第一、二号証にはこれに対応する記載がないうえに、他にその裏付けとなる資料も見出し難いから、右供述は採用の限りではない。

ところで、いずれも成立に争いのない甲第一ないし第四号証及び同第六号証並びに原審及び当審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は昭和四九年八月二日かとうクリニツクで診察を受け、以後昭和五〇年一一月三〇日まで通院加療(実通院日数一〇六日)をしたが、かとうクリニツクの初診時の症状は頭痛、頸痛、眼精疲労、腰痛等であつて、中等度の定型的な頭頸部外傷(いわゆるむち打ち外傷)及び外傷性腰痛と診断され、控訴人が通院を中止する昭和五〇年一一月三〇日当時全治に至らず頭痛、頸痛等があつたものの、控訴人が治療費を支払えなかつたため通院を中止したことが認められる。しかし、既に認定したとおり中島病院では昭和四九年七月一六日頃軽快中止と判定し、北里病院では、同月二五日異常なしと診断したこと、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると控訴人はかとうクリニツクの初診当時損害賠償金の支払などで被控訴会社と連絡の機会があつたにもかかわらず被控訴会社に対しかとうクリニツクでの受診を秘していた事実が認められること、かとうクリニツク受診時の症状には他覚的所見がないこと及び本件口頭弁論の全趣旨、殊に控訴人本人の供述の態度とその内容を考えると、右認定の控訴人の昭和四九年八月以降の症状と本件交通事故との間に直接の因果関係があるものとたやすく判断することはできず、他に右因果関係を認めるに足りる的確な証拠もない。

従つて、前記認定の昭和四九年七月二五日までの症状は、これを本件事故による負傷の内容と認めることができるが、同日以降の症状を以つて本件事故によるものとすることは、証拠上困難というほかない。

三  被控訴人が加害車を所有し自社の営業のため使用していたことは当事者間に争いがないから、被控訴人は自動車損害賠償保障法三条の運行供用者責任を負うものである。そこで、損害について検討する。

1  休業損害

既に認定した事実及び前顕甲第七号証を総合して判断すれば、控訴人は本件交通事故当時東洋エコーサービス株式会社にアルバイトとして勤務し日給として七〇〇〇円を下廻らない金額を得ていたこと、控訴人は本件交通事故による負傷のため昭和四九年六月一二日から七月一六日までは全日(但し、休日合計五日を除くので、三〇日)、六月一一日及び七月一七日から二五日までは半日(但し、休日一日を除くので、九日)勤務できなかつたこと、従つて、控訴人は一日につき七〇〇〇円、半日につき三五〇〇円で計算して合計三四・五日分の日給を得ることができなかつたので、二四万一五〇〇円を失なつたことが認められ、以上の認定判断を左右するに足りる的確な証拠はない。

なお、控訴人は昭和四九年七月二六日以降の休業損害をも請求しているが、その認め難いことは、既に認定したところから明らかである。

2  また、控訴人は労働能力の一部喪失による損害を請求しているが、既に認定したところからして、これを認めることが出来ないことは明らかである。

3  慰藉料

前記認定の本件交通事故の態様、控訴人の傷害の程度その他本件に現われた一切の事情を考慮すると、控訴人が本件事故により蒙むつた精神的苦痛に対する慰藉料は二〇万円と認めるを相当とする。

4  諸経費

原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は中島病院までの往復の交通費として一回一二〇円、三二回で合計三八四〇円を支出したことが認められる。なお、控訴人はかとうクツニツクまでの往復の交通費も請求しているが、その理由のないことは既に認定したところから明らかであり、また、控訴人主張の「その他の諸経費」については、その内訳が明らかでないうえに、これを認めるに足りる的確な証拠もないので、この請求もまた理由がない。

5  控訴人はかとうクリニツクに支払つた治療費を損害の一部として請求しているが、その理由のないことは既に認定したところから明らかである。

6  損害の填補

控訴人が被控訴人から本件事故に基づく損害賠償として二〇万円を受領していることは、当事者間に争いがない。

7  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、控訴人は控訴人訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その費用及び謝金として相当額の支払を約しているものと認められるところ、本件事案の内容、審理の経過などに鑑み、弁護士費用のうち三万円をもつて本件交通事故と相当因果関係がある損害と認める。

四  してみると、控訴人の本訴請求は、二七万五三四〇円(前項の1、3、4及び7の各認定金額の合計額から同6の金額を差引いたもの)及びこれに対する本件交通事故の後である昭和五三年一二月二一日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから右限度でこれを認容し、その余は理由がないから棄却すべきものである。

よつて、右と趣旨を異とする原判決を変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川上泉 奥村長生 大島崇志)

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